2011年5月31日火曜日

ロマンチック街道 5/31


ロマンチッく街道420kmのゴールは拍子抜けだった.


市門が取り壊され、壁だけ残る入り口を通過.
噴水も見ないままに自転車道がなくなって、ごちゃごちゃした空間.
インフォセンターで地図をもらって、迷い着いた終点にはポールが一本.

「ENDE」

背景は2階建ての簡素な駅舎とサイクルセンター.
乾杯に格好の場所がひとつあったが、おっさん3人がどっかと腰を据えていた.


ロマンチック街道 5/30


ホーヘンシュヴァンガウ城とノイシュバンシュタイン城.

ろまんちっくかいどうの大看板である.
見事にシステム化されていて、決められた時間に、決められた場所へ行って、ガイドツアーが始まる.
王様か王妃様かが、うんこした場所を見て歓声を上げる.

いちどはいっても、にどとゆくところではないね.
喫茶店は良かった.
往年のエルグレコ(倉敷)

まあしかしこのたびうまいことはれてくれるわ.

ロマンチック街道 5/29


シュヴァンガウ.

横断歩道をわたっていると車から声がかかる.
「どこからきた」
ひとしきりぐちゃぐちゃやってるあいだ後は黙って待っている.

役場の案内盤で宿を探すがない.

予約をよく見るとちょっと先の町だった.
ホーヘンシュヴァンガウ.

こちらはお城の入り口とあってホテルとレストランだけの街.
残るはおみやげや、お城の入場券販売所.
広大な駐車場.

声をかけてくる様な街の衆はいない.
ホテルは安くてよかったが、食事はシュバンガウ.

今日も大きく道をそらせた.
道が終わって家に入って行く.
いぬがほえる.

ここどこやねん.
地図で大きな池を探すが、ない.

キャンプのファミリーに助けられた.
池と見たのはレヒ川が大きく蛇行していたのだった.




ロマンティック街道5/28



ロマンチッく街道よく道に迷う.
市門を出るときが特に危ない.
アウグスブルクでは何度出戻っても辿れなかった.
ルート図を頼りに走っているといつのまにか案内板があらわれる.
今日はハイキング道に入り込んでしまった.
ロマンチック街道のヴァンデリングルート.
よくサイクリングをするという地元女性ハイカーに助けられて階段を下る.


Peiting泊
新婚の家があったり、カップルを囲む輪があったり、今日は土曜日.
宿には民族衣装の団体.
劇団かと思ったら趣味.
バスを仕立てて民族衣装で旅行.
家族ぐるみ地域ぐるみである.


ロマンチッく街道 5/27


雨になった.

空一面に厚い雲.
冷たく寒い.

ずぶぬれでランツブルク.
宿の主人が握手で迎えてくれた.

2011年5月27日金曜日

ロマンチッく街道 5/26


今日は休養日.
ロマンチッく街道ちょうど道半ば.
アウグスブルクの街をゆっくり見物.

中世の街を抜けて、駅へ行った.
数えられないぐらいたくさんの車線が走っている.
ドイツ国鉄元気元気.

2011年5月26日木曜日

ロマンチック街道 5/25


アウグスブルク着.
ロマンティシェシュトラーセ中間の街.

ここまできちっと市門をくぐって街に入ったのに
道を見失ってふわあと入ってきた.

道中ひっかる街もなく余裕のゴール.

2011年5月25日水曜日

ロマンチック街道 5/24


ドナウベルト着.
ライン川の領域から分水嶺(シリングスフェルスト)を越えてドナウ川の領域に入る.

ドイツは食べ物が安い.

今日の昼食は街の入り口のハム屋さん.
肉のスライスバーガーとレバーの薫製バーガー.
ビール、コーヒー.
しめて4.57€.

ロマンチッく街道 5/23

ディンケルスビュール.
30年戦争にも、第2次大戦にも、戦火に遭わなかった希有の街.

市門をくぐるとすぐに、観光バスの運ちゃんがよってきた.
イタリアンと見受けた.

「フュッセンまで自転車で?」
「ふうん、これが日本の自転車か」

しげしげと見る.
イタリアも自転車王国だ.

2011年5月23日月曜日

ロマンチック街道 5/22


暑い,ほとんど夏日だ.
入道雲が湧き上がり、スコールがやってくる。
午後の定期便.

ぼちぼち来るでと立ち寄った街はお祭り日。
もうにぎやかである.

我々もバーガーの屋台に並ぶ.
ダンスあり、楽隊の演奏あり.

ヴァイツエン0.5l €1.09を手にしたところで凄まじいのがやってきた.

雷は鳴る、傘は飛ぶ.
おさまったと思ったら第2陣.

上がったときには寒くて震えてしまった.
「そこのコーヒーとケーキよ」とおばあさん.




2011年5月21日土曜日

バートメルゲントハイム 5/20


ヴァイツエンは容器の形が決まっているようで、どこでも同じ.
ピルスナーは、いろいろなグラスに入れられていた.
好き勝手にやっているのか、その地その村のこだわりがあるのか.

ここのは、足付き. ヘルプストホイザ−.

結局、道中足付きのビールを飲んだのはここだけだった.

ヴュルツブルク 5/19


これぞ中世と思わせる街が見事に再現されている.

連合軍の爆撃で完膚なきまでに破壊された街を、わがまちに戻す執念.
我々はさっさと捨てて次へ行く.

この街は再生して尚、破壊された町を完璧な模型で残す.

ドイツバーン 5/18



きのうフランクフルトの案内所でチケットとパスポートを出すと、列車の案内をくれた.
9:30に乗るべく駅へ行き、案内所でホームを聞くと、別の列車を指示された.
くだんの列車が入ってきた. 「じてんしゃどうするの」「のれません」.....

きのうの案内が正解.
一列車遅れでヴュユルツブルクへ.
乗ってしまえば列車は快適.

自転車をそのままのせてベルトでしめるだけ.
自転車にやさしいドイツ.

フランクフルト 5/17

ベルトコンベヤから自転車が、がぱっと出てくる.
うろうろしていて危ういところだった.
別料金を取った割には扱いが手荒い.

さて、組み終わって空港を後にしたが、マイン川に出ることができない.
警察で聞くと電車で行け.
空港に14.30に着いたのに,歩いて1分のDB駅へ18:20.

自転車にやさしいドイツはどこへ行ったのだ.
ユースホステル19:00
なかなか思うようには行かないもんです.

2011年5月11日水曜日

一歩会長谷寺 5/10

降水確率80%.
やっぱりな,一歩会ふるもんな.
車中ずっと降っていた雨が上がって、青空も見えてきた.
こんなこともあるんだわという一日.






帰り駅から家まではまた傘の下だった.

2011年5月8日日曜日

関ヶ原古戦場 5/8 majikanaハイキング

石田三成陣跡から戦場を望む.
小西行長、島津維新、大谷吉継、金吾秀秋と続く布陣.
今にして惜しむらくは三成に滅びの美学なかりしことか.
黒血川.
関ヶ原合戦のものでしょうとしたり顔にしていたが,壬申の乱だった。
古代がにわかにリアルになる. 関ヶ原は天下の分け目なんだわ。
島津陣跡で記念撮影.
関ヶ原の美学を思うなら,大谷吉継の前で撮るベきてあったか.

2011年5月3日火曜日

東海自然歩道29 5/3 松尾山


東海自然歩道歩きはじめて何年になるだろうか.
ついにと言おうか,ようやくと言おうか関ヶ原へと向かう.

霊泉に元気を託して今日のスタートへ.
10:40 養老駅9:40発 結構かかったね.
岐阜県に入っては、こけてるのもふくめて道標充実。

のはずだったが.
竜泉寺跡からここまで、どこかで道を外したようだ.
たぶんこのあたりから、というところに小さな道標.
間違いないよと思っていても道標を見るとほっとする.
東海自然歩道ルート図必携.

根元の芝は鹿よけ?
至る所樹の皮が剥がれ、至る所フェンスが張られ.

この標識を見て右に行かないものはいまい.
しかし,正解は直進.
当初道標に従って桜並木を横目に見ながら田んぼの中を行く,
歩いていて,あっちのほうが気持ちええやん.
行く先いっしょやからと堤に戻る.
その先に道標があらわれた.
さあ,いよいよ松尾山.
思っていたより時間を食っていたので,この道標で短絡.

松尾山三等三角点.
金吾秀秋、福島正則,西の首塚、JR関ヶ原駅。17:30