2014年10月23日木曜日

大川発 10/18

昇降橋.
廃線になって橋がのこった.

鉄道の名残をとどめながら.

有料かなと思ったら無料だった.
だがしかし
自転車は通れない. ここへ置くのもだめ.
入り口に戻れ.
「そんなせっしょうな」でなんとか通してくれた.

「開通当初は自転車もOKだったのが、無茶な走りで危険なので」
と気の毒顔に.

対岸.

徐福像.

もうすぐ橋が上がるから、今から間に合うよと管理人.
あがったあがった。


手作り木工品を売ってるおっさん.
鳥の呼子を記念に買う.
よろこんでくれた.



道路が突き当たった.
右「下村湖人生家」2.1km
左「吉野ケ里遺跡」8km
右行こ、一瞬の判断で写真はない.

あの「次郎物語」の作者の生家だ.

ある日台湾から30数名の来訪があったと管理人.
「ここへ来る為だけにやってきました」と言ったそうだ.

日本統治下の台湾. あるとき高等学校の生徒が学校と対立した.
学校は全員を退学処分にし、日本人だけを再入学させようとした.
台湾人も日本人もおんなじだと職を賭したのが湖人校長.

全員を復学させたが.結果先生は職を辞して日本へ.
そのときの生徒の孫たちが訪ねてきたのだった.
彼の地で「先生の名前を知らないものはいませんよ」

心が震えた.

生家の没落.「次郎と重なりますね」と案内人.
長者傾きて文人出ず、ですねと白秋に重ねる.
少年のための次郎物語でしょ.
「大人の為の次郎物語あるにちがいない.探しましたよ」
初めてあった人とは思えぬ懐かしさをもって話したことだった.

計らずも訪ねることになった下村湖人生家.
目に見えぬ力のなせる技. 感謝.

吉野ヶ里に向かう.

吉野ヶ里駅前.

吉野ヶ里公園入り口.

ここは無料ですけどこの先入場料がいります.

史跡吉野ヶ里入り口. シニア¥200.-.

インデアンの酋長に会いに行く感じ.
映画では砂漠やけどね.

高床式と竪穴式.
教科書通りに造ってある.

なんかいろいろおいてあるね.

思いがけずアップダウンの道になった.
ここどこやねんと昼食をかねてコンビニ.

3号線を避けたのがまずかった.
おっ3号線.

これが新3号線.
自動車はガンガン飛ばす.
側道は無くなる.

ようやく旧の3号線.

ようやっとにして、今日の宿. 掛け流しを謳う温泉である. 

2食つき¥6,000.-.
ツーリングクラスとかで浴衣、タオルなし. 
 都合によっては入湯時間も制限. と言われていたが 

浴衣もタオルもついていてどうぞご自由に.居間と寝室.
食事もちらちらと横目を使うが遜色はない.

仲居さんが「601の鍵」と言いながら602の鍵をくれたのが気になったが、
なんもなかった.

温泉も良い温泉だった.
浴槽の温泉は汚いから、上がり用の温泉をかぶれと書いてあった. 

「にわのうぐいす」
ラベルが面白くて飲むことにしたが
「線がいじいじしてる」とTaz.


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